เข้าสู่ระบบ母が電話を終えた後、姉はすぐに実家へ駆けつけてくれた。
母から真実を聞かされた姉は、しばらく言葉を失っていたけれど。
最後には、私の手をぎゅっと握って、こう言った。
「あんた、ちゃんとプロポーズされたんだね……おめでとう」
その言葉に、これまでの姉との時間が、また一つ、丸く収まっていく気がした。
母もまた、時間をかけて、少しずつこの事実を受け止めていくのだろう。
すぐに、何もかもが変わるわけではない。それでも、隠し事のない関係を、これから積み重ねていけるはずだった。
◇
それから数週間が経った、二月の第二週のことだった。
「今度の休み、一緒に来てほしい場所がある」
柊さんから、そう切り出された。
行き先を聞くと、短い答えが返ってきた。
「母の墓に」
その一言に、胸が引き締まった。
これまで、柊さんの口から母親のことが具体的に語られたことは、数えるほどしかなかっ
母が電話を終えた後、姉はすぐに実家へ駆けつけてくれた。母から真実を聞かされた姉は、しばらく言葉を失っていたけれど。最後には、私の手をぎゅっと握って、こう言った。「あんた、ちゃんとプロポーズされたんだね……おめでとう」その言葉に、これまでの姉との時間が、また一つ、丸く収まっていく気がした。母もまた、時間をかけて、少しずつこの事実を受け止めていくのだろう。すぐに、何もかもが変わるわけではない。それでも、隠し事のない関係を、これから積み重ねていけるはずだった。◇それから数週間が経った、二月の第二週のことだった。「今度の休み、一緒に来てほしい場所がある」柊さんから、そう切り出された。行き先を聞くと、短い答えが返ってきた。「母の墓に」その一言に、胸が引き締まった。これまで、柊さんの口から母親のことが具体的に語られたことは、数えるほどしかなかった。十七歳の時に亡くなったこと、最期に何もしてやれなかったという後悔。断片的に聞いてきたけれど、まとまった形で聞いたことは、一度もなかった。◇当日。都心から少し離れた、静かな霊園を訪れた。冬の澄んだ空気の中、木々の間を抜けて歩く。柊さんの足取りは、いつもよりわずかに慎重だった。墓石の前に立つと、柊さんはしばらく何も言わずに、じっとそれを見つめていた。「母は、優しい人だった」やがて、静かに語り始めた。「厳しい家に育ったはずなのに、俺には、いつも自由にさせてくれた。絵を描くのが好きで、よく庭でスケッチをしていた」「絵、ですか」「ああ。特に、雨の日の絵をよく描いていた」柊さんが、遠くを見るような目をした。「雨が降ると、縁側に画材を持ち出して、傘も差さずに軒先に立つ人を描いていた。俺が『濡れるよ』と言うと、『少しくらい濡れても平気な人を描きたいの』と笑っていた」その記憶を語
実家を訪ねる日を、翌週の日曜日に決めた。事前に母へ連絡すると、『柊さんも一緒に?まあ、それは大変』と、少し浮ついた声が返ってきた。母の頭の中では、まだ「真帆の結婚相手が挨拶に来る」という筋書きのままなのだと分かった。その誤解を解く覚悟を持って、当日を迎えることになった。◇挨拶当日の朝。商店街を抜け、見慣れた門の前に立つ。隣には、いつもより少し緊張した面持ちの柊さんがいた。「大丈夫か」「……たぶん」正直な答えだった。呼び鈴を押すと、すぐに母が出てきた。「あら、いらっしゃい」母は、柊さんの姿を見るなり、満面の笑みを浮かべた。想像していた通りの反応だった。この笑顔が、これからどう変わってしまうのか、想像すると胃の底が重くなった。リビングに通され、いつものように、座卓にはお茶と菓子がすでに用意されていた。飾り棚は、以前よりさらに空いた場所が増えている。祖父の形見が、また一つ減っていた。「それで、結婚の日取りは、もう決まっているの?」母が、上機嫌に切り出した。柊さんが、静かにこちらを見た。話すなら今しかない、という合図だった。「お母さん」私は一度、深く息を吸った。「話さなきゃいけないことがあるの」◇私は、すべてを包み隠さず話した。姉の身代わりでお見合いに出たこと、それをずっと隠し続けていたこと。五年前に、自分自身が経験したこと。そして今、柊さんと本当の関係を築いていること。母は途中から何も言わずに、ただじっと聞いていた。話し終えると、リビングにこれまで感じたことのない静けさが満ちた。「……じゃあ、あなたが」母が掠れた声で、ようやく口を開いた。「真帆じゃなくて……あなたが、彼に選ばれていたの」その一言に、これまでの『気
『大事な話がある』そのメッセージを受け取ってから、週末までの数日間、落ち着かない気持ちのまま過ごした。何を言われるのか、頭の中で何度も想像した。仕事のことだろうか、それとも父親のことだろうか。考えても答えは出ず、ただ、その日を待つしかなかった。◇約束の土曜日。柊さんが迎えに来て、車に乗り込んだ。行き先を聞いても、「着いてからのお楽しみだ」とだけ返された。静かに走り続けた車が止まったのは、見覚えのある通りだった。「ここ……」「覚えているか」「はい」南青山のイタリアンレストランの前──柊さんと二度目の食事をした夜、雨の中で傘を差し出してくれた、あの道だった。今夜は、澄み渡るような冬の空が広がっていた。あの日と同じように歩道は続いているのに、地面には濡れた跡一つない。「あの日は、雨でしたね」「ああ」「今日は、晴れてます」「そうだな」短いやり取りだったけれど、それだけで、あの日から二人で重ねてきた時間が、静かに胸に込み上げてきた。◇車を降りて、並んでゆっくりと歩いた。街灯の明かりが、二人の影を長く伸ばしている。冬の夜気は冷たかったけれど、隣にある体温のおかげで、少しも寒く感じなかった。しばらく歩いたところで、柊さんがふと足を止めた。「柚葉さん」「はい」振り返ると、柊さんが真っ直ぐこちらを見ていた。いつもの冷静な表情の奥に、隠しきれない緊張が見えた。「俺と、結婚してほしい」シンプルな言葉だった。飾りも、引き延ばす前置きもない、まっすぐな一言。「……っ」息が、止まりそうになった。これまでのすべてが、頭の中を駆け巡った。姉の身代わりで臨んだ、あのお見合い。嘘をつき続けた日々。本当の自分を取り戻していっ
一月の第二週、東京は本格的な冬を迎えていた。窓の外では、冷たい風が街路樹の枝を揺らしていた。それでも、部屋の中は、暖房の温もりと、静かな安心感で満ちていた。柊さんの部屋で過ごす夜が、以前よりも穏やかになっていた。父との一件、雅人との一件、これまで積み重なっていた緊張が、一つずつ解けていくのを、肌で感じていた。ソファに並んで座り、特に何をするでもなく、静かな時間を過ごしていた時だった。テレビもつけず、スマホも開かず、ただ隣にいるだけの時間。以前なら、こんな何もない時間を、少し落ち着かなく感じていたかもしれない。今は、その何もなさが心地よかった。「もう、誰にも邪魔されない気がします」思わず、そうこぼした。「そうだな」柊さんが、短くそう答えた。それから珍しく、私の頭に、そっと手を置いた。大きな手のひらの重みと温もりに、体の力が抜けていくのが分かった。言葉ではなく、こうした仕草で気持ちを伝えてくれることが、この人らしいと思った。「柊さんも、少しは楽になりましたか」「……そうだな。以前より、肩の荷が軽い」素直な答えだった。以前の柊さんなら、こんな風に自分の内面を、まっすぐ言葉にすることは少なかった。「父のことは、まだ何もかも解決したわけじゃない。でも、少なくとも、目を逸らさなくてよくなった」「それだけで、十分な変化だと思います」「かもしれない」◇数日後。仕事帰り、駅で偶然、城島さんと会った。「西園寺さん、お久しぶりです」「城島さん。今日はお仕事ですか」「ええ、少し外回りで」改札を出たところで、立ち話になった。師走の慌ただしさが過ぎ、駅前には正月らしい静けさがまだ残っていた。自然と、この数ヶ月の専務とのことが話題に上った。「これで社長は、全部一人で背負わなくてよくなりましたね」城島さんが、しみじみとした口
柊さんのお父様との対峙から、数日が経っていた。柊さんの様子に、大きな変化はなかった。ただ、以前より少しだけ、父親の話をするようになっていた。「今日、父から連絡があった」夕食の席で、ぽつりとそう言うことが増えた。内容は事務的なものが多かったけれど、それでも、話題に出すこと自体が、以前とは違っていた。「どんな連絡ですか」「地方ホテル事業の件で、進捗の報告があった」一度だけ、柊さんが、あの対峙の夜のことを、少しだけ話してくれたことがあった。「あの日、少しだけ、声を荒らげてしまった」「柊さんが、ですか?信じられない」「らしくない、と自分でも思う」その一言に、驚きと、それ以上の安堵があった。この人がずっと抑え込んできた感情を、少しでも吐き出せたのなら、それは前進のはずだった。◇柊さんから詳しく話を聞いたのは、それから数週間ほど経った頃だった。地方ホテル事業の再建策を、柊さんが正式に提示したこと。黒瀬の名前も、父親の口利きも使わず、コンサルタントの導入と、段階的な事業整理を進めていること。「時間はかかる。でも、確実に立て直せる道筋だ」そう語る柊さんの声に、以前のような刺々しさはなかった。「打ち合わせの席で、父が一度だけ聞いてきた。『なぜ、ここまでしてくれる』と」「何て、答えたんですか?」「あなたのためじゃない、と」柊さんが、続けた。「これで区切りをつけたいのは、俺自身のためだ、と言った」その答え方が、いかにも柊さんらしかった。優しさを、優しさのままでは差し出せない人。それでも、行動でちゃんと示してくれる人。「あの縁談の話は……」「正式に撤回された。取引先への支援打ち切りという話も、二度と出ていない」その一言に、ようやく大きな棘が抜けたような気がした。◇年が明けて間もない、一月の初め。
【柊side】柚葉さんが父に会いに行った、という報告を城島から受けたのは、その日の夕方だった。驚きはしたが、怒りはなかった。むしろ、彼女らしいと思った。誰かに任せきりにせず、自分の足で向き合いに行く。そういう人だと、最初から知っていたはずだった。同時に、情けなさも感じた。彼女に、そこまでさせてしまった。本来なら、俺自身がとっくに片付けておくべきことだった。その夜。俺は自分から、父に連絡を入れた。これまで、俺の方から連絡することは、ほとんどなかった。番号を呼び出す指が珍しく、わずかに迷った。◇指定した場所に、父は時間通りに現れた。以前より、少しやつれて見えた。オフィスで話した時のような、取り繕った余裕はもうなかった。前置きを、あえてしなかった。回りくどい言葉で探り合う時間が、無駄に思えた。「なぜ、母さんの最期に来なかったのか──それだけ、聞かせてください」ずっと、聞きたくて聞けなかった問いだった。十七の時から、十七年近く、胸の奥にしまい込んだままだった。祖父の誠一郎に聞いても、答えは返ってこなかった。母自身も、多くを語らずに逝った。父は、しばらく黙っていた。視線を落とし、テーブルの木目を見つめている。その沈黙の長さが、これまでの十七年分の重さを、そのまま表しているようだった。「怖かったんだ」やがて、父が絞り出すような声で、そう言った。「彼女に、何もしてやれなかった自分を見るのが」その瞬間、抑えていたはずの何かが、喉元までせり上がってきた。「怖かった、で済むと思っているのか」自分でも驚くほど、声が大きくなっていた。「あの頃、俺がどんな夜を過ごしていたか、知っているのか。母さんの隣で、一人で朝を待っていた夜が、何度もあった。祖父も、仕事で家を空けることが多かった。誰も、そばにいなかった」言葉が、堰を切ったように出てきた。十七年間、誰にもぶつけたことのなかった感情だった。父が、はっとしたよう
ゆっくりと扉を開け、一歩足を踏み入れた瞬間、思わず立ち止まりそうになった。高い天井に広がる、クリスタルのシャンデリア。香ばしいコーヒーの香りと、白く気高く咲き誇る大輪の胡蝶蘭。磨き上げられた大理石の床に、自分が履いている安物のヒールの音がカツカツと不躾に響く気がして、それだけで萎縮しそうになる。場違いにもほどがある……。心の中で小さく呟き、緊張で強張りそうになる手を、そっとドレスの上の膝に置いた。ここで怯んだら、一瞬で「偽物」だと見破られてしまう。案内された席に着いた瞬間、背筋が自然と真っ直ぐに伸びた。膝を揃えて座る。手をテーブルに乗せない。視線を落としすぎないように前を向く。
「あなた、西園寺真帆さんじゃありませんよね?」その一言で、心臓が止まった。白いカップを持つ指先から、血の気が引いていく。震えそうになる手を悟られないよう、私はそっとカップをソーサーへ戻した。小さな陶器の音が、静まり返ったカフェにやけに大きく響く。どうして?どうしてバレたの?「……何のことでしょうか」かろうじて笑みを作る。けれど、目の前の彼は微笑みもしなかった。「無理に誤魔化さなくて結構です」向かいに座る男──黒瀬グループの社長である黒瀬柊は、こちらをまっすぐ見ていた。責めるでもなく、怒るでもなく。ただ静かに、"真実"だけを見
一段階低くなった姉の声が、耳の奥に刺さった。『あたしが今の彼との話をまとめるまで、黒瀬の目を逸らし続ける必要があるの。黒瀬家とうちの家、色々と込み入った事情があるのよ。あんたが勝手に終わりにして、黒瀬側から実家に何か連絡でもされたら、全部おじゃんになる。わかる?』「わかってる。でも──」『断るなら、五年前のこと、全部バラすから』返事も待たず、音が消えた。また、五年前のことで脅されてしまった。昔から、姉は私の弱いところを探すのが上手かった。私はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
『先程は、お時間をいただきありがとうございました。──黒瀬柊』彼からのメッセージは、それだけだと思っていた。数秒後、同じ番号から、もう一通届いた。『次回、ご都合の良い日を教えていただければ、合わせます』画面の番号を、もう一度確かめた。間違いない、黒瀬さんからだ。お見合いの書類に載っているのは、姉の連絡先のはず。さっき、私が口頭で伝えた番号──黒瀬さんはそちらに送ってきたのか。「合わせます」という一言。感情がない、と思った。温かくもなく、冷たくもなく、ただ的確だ。